11月末、小さな小さな心臓が止まってしまっていた。
この地に来てダンナさんとの生活以外に自分が見つからなかった
私にとって、特にこの夏はいろいろな想いをしていた私にとって、
もちろんダンナさんと私の2人にとっても、急に訪れた、
大きな明るい光りだったのにな。。。手術の日まで沢山泣いた。
人生で一番泣いたかも。ご飯が食べれないなんて初めてだったかも。
12月初日、病院。ダンナさんが仕事を休んでくれて、ずっと一緒に
いてくれた。家の外に出たら絶対に泣かないと決めてた。泣かない。
しかし、どんどん自分の殻に閉じこもり始めてて良くないと自覚が
あった。ダンナさんは「それもよし」と言わんばかりに、何も言わず
私の硬い硬い殻の中には決して立ち入らず、ただただ横に居て、
自分から出てくるのを待ってくれているようで、気持ちを軽くして
くれた。ダンナさんが掛けていた義父との電話は、代わることが
できなかった。
次の日、思いがけず奈良から姉が来てくれた。何処も出掛けられない
のに、朝から晩まで居てくれた。一番会いたかった人だったから
嬉しかった。ダンナさん以外で、唯一の、会いたい人だったかも。
姉との時間は本当に楽しくて、たまに、はしゃいだ。
姉が帰って、ダンナさんが仕事から帰るまで、家に一人で居たら
急に怖くなった。自分だけ楽しい時間を過ごしたら、大事なものを
忘れてしまいそうで「楽しい」を過ごすのが嫌になった。
ダンナさんに「忘れたくない」と言ったら、「絶対忘れないから大丈夫。
楽しく暮らして、たまに思い出して泣こう」と言われて安心した。
数日はお義母さんに電話出来なかった、声を聞いたらきっと泣く。
お義母さんもそっとしておいてくださって、ありがたかった。
数日後、お義母さんに電話。「お正月は美味しいものをたくさん
作って待ってるからね」と言ってくださって嬉しかった。
またとうぶんは、大好きな大好きなダンナさんと2人暮らし。
「短い間だったけど、楽しい3人暮らしだったね」とダンナさん。
私は毎朝、「すばーらしぃーい朝が来た。きぼーうのあさーだ」と
ラジオ体操の歌を熱唱して気合いを入れてみる。ダンナさんは
お風呂で「サンキュー フォォー ザ テンダーネ〜ス」と、
なぜか百恵ちゃん特集らしい。
姉のお土産以来、ご飯も食べれるようになり、美味しく食べれる
ようになり、ここ数日は、モリモリ食べれるようになってしまい、
ドーンと減っていた体重も、すっかり元に戻ってしまった。
あの、小さな心臓の音をきっと忘れないでいよう。忘れないけど
また会えるその日まで、思いっきり楽しく笑って過ごさせて
もらおう。私たちばかりが楽しく笑ってても、きっとゆるして
くれるよね。また会えると信じよう。よぉし、今夜もダンナさんと
運動会ごっこで大笑いだ。
私たちのところに来てくれて、ほんとうにほんとうに嬉しかった、
ありがとう。苦しい思いをさせたかもしれない、ごめんなさい。
ありがとう。ありがとう。

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